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信州とアート

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近代デザインの創世記と江戸美術

 近代デザインの初期に活躍した詩人でもあったウィリアム・モリス(William Morris, 1834ー1896)は産業革命で機械化していく時代の中で、生活を健全な工芸で満たそうという思想のもとに、工芸のあらゆるジャンルに手を染めました。特に壁紙や更紗のためのパターンワーク(連続した模様)を1878年から1882年ころ発表しています。明治元年が1868年ですので、日本では明治期となります。日本の江戸期ではこうしたパターンワークは多く使われ、着物の柄などは、型紙を使って染めていましたので、量産していたとおもわれます。
  このころのウィリアム・モリスやチャールズ・レニー・マッキントッシュなどは日本(江戸)文化の影響を受けているといわれています。


 ヨーロッパにおける東洋芸術への憧れは、18世紀に景徳鎮や有田の磁器を各国の王室がこぞって模倣し、現在でもフランスのセーブル窯、ドイツのマイセン窯、デンマークのロイヤル・コペンハーゲン窯など有名ですが、江戸期から日本の有田からは東インド会社の受注生産品など多数出ていたようです。


19世紀の半ば幕末には1867年(江戸時代の最後の年)パリで開かれた万国博覧会には徳川幕府、薩摩藩、佐賀藩などが多くの日本の工芸品を出展したが、他の東洋美術と明らかにちがうのは浮世絵でした。もっとも浮世絵は陶磁器の包装紙として輸入されたものなど早くから有名で、モネなどは1856年に買ったといわれてます。


 浮世絵から影響を受けた画家は数多く、ゴッホやトゥールーズ=ロートレックや印象派の画家たちです。この頃の文化の波は「ジャポニスム」といわれています。
ゴッホやトゥールーズ=ロートレックもポスター作品を手がけています。ピエール・ボナール(Pierre Bonnard, 1867 - 1947年)やアルフォンス・ミュシャ などがポスター作品を残しビジュアルデザイン、グラフィックデザインの始まりといわれていますが、浮世絵自体がポスター的な性質をもっています。記念切手(1948年11月29日発行「切手趣味週間記念」額面5円)のデザインになった肉筆浮世絵の「見返り美人図」の作者として知られる菱川師宣(ひしかわ もろのぶ、1618年? -1694)が浮世絵の祖ともいわれていますが、江戸時代にはすでに様々なビジュアルデザイン、グラフィックデザインが生まれていました。こうした浮世絵のデザインの優れたものを浮世絵収集・研究で有名な歌川派門人会では、特に三代歌川豊国のものを「デザイン豊国」として発表しています。


 アール・ヌーヴォーの名称の由来となった店「アール・ヌーヴォー」を 1895年にパリの一角に開店した美術商のサミュエル・ビングはドイツの陶器工場で働いたあと、1875年に日本を旅行し、陶磁器を持ち帰りました。1888年から1891年まで英仏独の三ヶ国語で月刊誌「芸術日本」を発行し、ヨーロッパに大きな影響をのこしています。


  アール・ヌーヴォーの時代にはフランス、ナンシー地方で活躍したシャルル・マルタン・エミール・ガレ(Charles Martin Emile Galle、1846 ?1904)のガラス工芸が有名です。また、宝石デザイナーのルネ・ラリック(Rene Lalique、 1860 -1945)も後半ガラス工芸の作品をのこしています。


  アール・ヌーヴォーやアール・デコ の時代が過ぎると ル・コルビュジエ(Le Corbusier、1887 - 1965)などが装飾は排除した思想を提唱し、モダニズムの時代へすすみます。


 現在では、モダニズムの反省点も生まれあらたな造形がうまれています。特に、工業製品とデザインの融合したインダストリアルデザインによって、多くに人が優れたデザインに触れることができます。